
神功皇后が三韓征伐からの帰途、六つの甲かぶとをこの山に埋めたという伝説に基づいて、名付けられたと言われています。しかしながら、「古事記」や「日本書紀」に登場する「神功皇后」の朝鮮侵略は、西暦391年頃と思われますが、「六甲山」とはっきりと文献に登場するのは、貝原益軒の「有馬温泉記」などの江戸時代からなのです。
奈良・平安時代(万葉集)には、「牟古山」・「務古山」・「六児山」などと表記され、いずれも「ムコヤマ」と呼んだものと思われます。
「六甲山」は「ろっこうさん」ではなく、「むこうやま」とも読めるではありませんか。
従って「六甲山」が六つの甲かぶとから由来したものではなく、むしろ逆に「ムコ」の語に「武庫山(むこやま)」の字があてられ、これに神功皇后の伝説が結びつき、更に「武庫」に「六甲」の字が当てられ、「六甲(むこ)」を「六甲(ろっこう)」と呼ぶようになったものと思われます。
読みは「ろっこうおろし」。冬季に神戸市の北側に位置する六甲山系から吹き降ろす風を「六甲颪」と呼にます。
「比叡颪」や「筑波颪」等と同様、冬場の北西からの季節風が山を越えて太平洋側に吹き降りる際、乾燥して強く冷たい風
となって吹くものです。
野球ファンも勘違いしていることが多いのですが、実際に甲子園球場で吹く風、いわゆる「浜風」は六甲颪そのものとは発生の原理が異なります。
プロ野球の最盛期の夏季には「六甲颪」は吹きません。
これは夏が終わり六甲颪が吹き始める時期には、颯爽としている、つまり優勝していると言う意味なのです。