御影の名前の由来

花崗岩の別名「御影石」の語源となった場所でもあります。海岸側は江戸時代以降栄えた酒どころ「灘五郷」の一つ「御影郷」であり、白鶴、菊正宗、剣菱などの造り酒屋、工場が現在も操業しています。 また、由来の歴史的に有名なものとしては、澤之井という泉があり、神功皇后がその水面に御姿を映し出したことが「御影」の名の起こりとされています。

御影で一番有名な場所が1933年(昭和8年)に建設された神戸市立御影公会堂で、映画やテレビドラマ化された『火垂るの墓』の舞台です。神戸大空襲で町内は被災、酒蔵と邸宅とともに発展した御影町とは言え、町内の戦災復興をまかなうには財政上大きな課題がありました。時を同じくして神戸市から合併の申し入れがあり、1950年4月1日付で御影町は全域が神戸市に編入、東灘区が誕生しました。空襲で被弾し、形状はとどめたものの大きな被害を受けた御影町公会堂は、町民の避難所として機能したのち、神戸市によって修復され1953年に神戸市立御影公会堂となりました。

もっと豆知識!!~『火垂るの墓』の舞台を辿る~

『火垂るの墓』は1945年の兵庫県神戸市近郊を舞台とし、親を亡くした幼い兄妹が終戦前後の混乱の中を必死で生き抜こうとするが、その思いも叶わず悲劇的な死を迎えていく姿を描いた作品です。
舞台となった場所は、西宮市の西宮回生病院、香櫨園浜、夙川駅、夙川公園、ニテコ池(貯水池)、神戸市の御影公会堂や御影小学校、石屋川、三ノ宮駅などで、モデルとなったところを訪れる人は絶えないといいます。