苦楽園の名前の由来

元々、山林のみのこの地域でありましたが、1911年より、別荘地として先に開発が行われることになりました。名前は開発に携わった中村家の家宝、苦楽瓢という瓢箪に因んでいると言われています。
同市の北中部から西部に至る山手側の地域を示し、苦楽園一番町、二番町、三番町、四番町、五番町、六番町と分かれ、荘厳で閑静なお屋敷が立ち並んでいます。
西宮市内の甲陽園、甲東園など「園」がつく地域から成る西宮七園の一つに数えられ、関西屈指の高級邸宅街です。西宮七園の中でも最も山手(六甲山麓)に位置しており、財界人、文化人の豪邸が多く建てられています。
例えば、物理学者で1949年にノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹や野球解説者の田尾安志、岡田彰布や、谷佳和・谷亮子夫妻といった著名人が在住していたことがあります。

もっと豆知識!!~六麓荘は自治制?!~

六麓荘という地名は「風光明媚な六甲山の麓の林の中に作った別荘地」に因み名付けられました。
六麓荘最大の特色として「六麓荘町内会」が開発直後から組織されていることが挙げられます。町の住民は、開発当初から町内会独自の協定を設けて高級住宅街の維持に努めてきました。例えば、新築、増築の際の承認が必要であることや、営業活動を禁止しているので商店やマンションがない、さらに入会金と毎月の管理費を町内会に納める…といったことです。
また、別名「豪邸条例」といわれる景観保護条例を設け、六麓荘内の景観を取り決めているのです。